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2025.10.24
第34回(2025年10月19日)開催報告
全体報告
10月19日に開催された第34回とちぎ蔵の街校では、小学生クラス2名、中高生クラス3名、社会人クラス6名の参加がありました。いつもより参加者が少なかったのは、この日に市内で芋掘りのイベントが行われたことが関係しているようです。しかし、学習と交流の活動は和やかな雰囲気の中で行われ、いつもと変わらず有意義で楽しいものでした。朝のミーティングでは、前回に続き「切手のないおくりもの」(財津和夫 作詞・作曲)の替え歌を歌いました。今回も2つの歌詞を取り上げました。それぞれの作者がどんな「あなた」に向けてどんな「思い」を詩に込めたかを説明してくれました。よかったら次の2つの詩を味わってみてください。「遠い国のあなたへ この歌をとどけよう いつか会えると祈りを込めて 届いて欲しいこの歌を」(村田孝作詞)。 「くらのまちあなたへ この歌をとどけよう 世界(じゅう)でたったひとつの 私の好きなくらのまち」(田巻松雄作詞)。
伴奏は田巻さんのギターで、「あなたへのおくりもの」をみんなで楽しく歌いました。アンコールの声も上がり、その場はさらに盛り上がりました。本報告末尾に6枚の写真がありますが、最初の2枚がその様子を伝えています。サンリオの「クロミちゃん」も登場します。関連の記事は小学生クラスと社会人クラスのところにもあります。ぜひご覧ください。
ふりかえりのミーティングでは、ネパール出身の小学生(妹)と中学生(兄)がこの順で日本語による自己紹介をしました。後半の3枚がそれらの写真です。また、妹さんは3枚目の写真と「小学生クラス」、お兄さんは「中高生クラス」もご覧ください。(佐々木一隆)
小学生クラス
今日は、国際交流協会の「芋掘り」イベントと重なり、小学生クラスの参加者は3歳のHちゃんと小学6年生のAさんの2名でした。Hちゃんはダンスが得意!!みんなの前で踊りたい!!朝のお歌の時間に、音楽に合わせてダンスを披露してくれました。Hちゃんは既に蔵の街自主夜間中学のアイドル的存在です!
Aさんは、とにかく「日本語の勉強がしたい!」と言って、とても熱心に勉強をしていました。今日はカタカナの勉強と先週に引き続き自己紹介の練習をしました。帰りの会では、皆さんの前に立って上手に日本語で自己紹介をしてくれました。彼女の瞳は夢と希望に満ち溢れおり、スピーチが終わった後の素敵な笑顔がとても印象的でした(Y)
中高生クラス
〇中高生クラスの3名は、フィリピン出身の中学1年生Kさん、パキスタン出身の高校1年生Aさん、そして今回初めて参加したネパール出身の中学2年生Aさんでした。フィリピンのKさんは、前半は理科の学習をスタッフのMさんが、後半は数学の学習をTさんが応援しました。前半と後半の共通点は、教科学習の際に漢字で表記された専門用語を正しく読み書きできるだけでなく、その意味をしっかり理解した上で、教科書や問題集に取り組むことが大切であるということです。スタッフの二人はそこを強調されていました。
パキスタンのAさんは、前半の日本語(国語)と後半の数学ともに私が応援しました。設問の答え合わせをして解説しました。母語のウルドウ語や英語とは対照的に、日本語では修飾語句が名詞の前に来る(例:アジア経済について考える国際会議、私が予想した通りの結末)ことを互いに意識しました。数学では40までの自然数のうち3の倍数と4の倍数に共通する数と共通しない数をそれぞれリストアップするとどうなるかを一緒に考えました。私にとっては頭の体操にもなり、目が覚めました。楽しかったです!(佐々木一隆)
〇この自主夜間中学の教室には、3つのクラス分けがある。そして、それぞれの教室に分かれて学習を行っているが、学習開始前に全体ミーティングがあり、学習者もサポーターも一つの教室に集合する。今日、その全体ミーティングの部屋にいると、名前は記憶していなかったけれども顔見知りの若者が入ってきた。今回、ここに来るのは初めてとのことだったけれど、私は顔を覚えていたためだと思うが、彼の顔を見た瞬間とても親しみを感じた。
この自主夜間中学とは別に栃木市国際交流協会では、水曜日に日本語教室「うづま~れ」を開催していて、私はそちらもサポーターとして微力ながらお手伝いをさせて頂いている。彼はそこに最近参加して来た若者だったのである。ネパールから来た14才の青年。
今日は私が彼を担当することになった。彼にとってこちらは今日が初めてというので、事本事項を記録する用紙への記入を一番最初に行った。たどたどしい日本語と英語を織り交ぜながらの会話だったが、コミュニケーションが十分に取れたように感じる。
「日本語を話す」ことを主に学びたいという。日本語教室「うづま~れ」で使っているテキストを持参して来たのでその中で学びたい単元を本人に選んでもらい、それを基にした会話をたくさんした。
「仕事」「好きなこと」「わたしの家族」の3つのテーマでの会話だったが、自分の好きなことや楽しいこと等は、必死に伝えようとしてくれた。必然的に会話も盛り上がる。
・「仕事」では、将来設計を持っていて、学生とアルバイトを両立させながらお金を貯めて、2030年(5年後)にスモールビジネスを始めたい、というビジョンを話してくれた。
・「好きなこと」についてでは、一番は『サッカー』、次は『音楽』。そして、音楽について、
「ネパールで有名な歌手は誰ですか?」
との私の質問に
「John Rai」
と返事があり、すぐに私のスマホでその人の画像や動画を探して見せてくれ、更に、今日、その音楽家は日本に来ていて東京でコンサートをするのだという。今までの日本公演の日程等も記憶していて、かなり熱狂的なファンのようだった。
また、ネパールの政治情勢の話までも飛び出してきて、私の勉強にもなったり、14才の若さで自分の国の政治についての関心の深さに驚きもした。
最初から親しさをお互いに感じていたこともあり、テキストの題材から話がどんどんと広がり、お互いに楽しい学びのひと時となりました。 (小島 正)
社会人クラス
学習者は6人です。全体の支援者は17人です。
今回の社会人は毎回出席しているメンバーが5人
欠席したので、どう学習者と支援者をマッチングした
ら良いかと学習が始まる前から不安が過りました。
そんな中、大学院生のTさんとRさんが駆けつけて
くれたので一気に不安が解消されました。
授業が始まる前に「切手のない贈りもの」を全員で
合唱しました。今回はTさんとMさんの作詞の歌を唄い
ました。唄っているうちにあどけないHちゃんが前に
出て踊り始めました。突然の出来事なので驚きました。
彼女の踊りのパフォーマンスにみんなが和み教室中が温
かく柔らかな空気に包まれました。
突然、何が起こるのか分からないのが自主夜間中学
の魅力なのかもと納得しました。
毎回通っているKさんは今回も来てくれました。
今まで支援をしていたTさんが休みなので支援をする
ことにしました。
Kさんの友達のNさんの姿が見えなかったので訊ねた
ら「わからない」と答えてくれました。いつもならアパ
ートで寝ていますと、頭に手をあて寝てるポーズの真似
して返してくれるのですが何のリアクションもなかった
のが気になりました。 多分、疲れて寝ているのではと
思っていたところにNさんが現れました。
NさんはKさんの頑張りに刺激を受けてやってきたので
はとポジティブに捉えることにしました。
Nさんの支援はIさんが休みなのでSさんが引き受けてくれ
ました。
Kさんの支援をしようとしたら、教室の入口でウロウロ
している女性がいました。前回来てくれたTさんです。
前回は教科書のある部屋でIさんが支援しました。Iさん
が休みなので支援することにしました。
Kさんの支援は院生のRさんにお願いしました。Rさんは
笑顔を絶やさずに支援をしていました。また、Kさんが質問
を繰り返している熱い様子が伝わってきました。
Tさんは日本の歴史や文化に興味があるので学びたいと
いう強い意志を持っています。30数年前に中国からやって
たと口にしていました。長くに住んでもいても仕事に追わ
れて日本の歴史を学ぶ機会がなかったと言います。
教科書のある部屋から歴史の教科書を院生のTさんと探
してきて支援しました。どうして日本の歴史を知りたいのか
不思議に思いましたが、これほどまでに日本のことを知り
たいとおもう気持ちに感激いたしました。
教科書には小学校で学んだ人物42人という項目がありました。
卑弥呼、聖徳太子、鑑真、中臣鎌足、紫式部、清少納言
と掲載されていました。その中で鑑真さんは中国の人なので
深掘りしました。Tさんは鑑真さんを知っているようでした。
鑑真さんを祀ってある奈良の唐招提寺に行ったことがあると
答えてくれました。鑑真さんは台風の荒波に5回もあい6回目
にやっと日本にたどり着いたとありました。
当時、先進国だった中国からいろんな文化を持ちこんで
きてくれた大恩人ですと言うと笑みを浮かべました。
Tさんが目に止めたのは津田梅子です。
「この人5千円の人ですよね」と指を刺しました。やはり
女性には興味があるのではと思いました。日本人でもあま
り知らない人が多いような気がするので、津田梅子を知っ
ていたのには驚きました。
我が国初の女子留学生として渡米し、のちに日本女子高等
教育の発展に寄与する津田塾大学を創設したと書かれてあり
ました。
名前は知っていたが具体的にどういうことを成し遂げた
かは知らなかったので一緒に学びまました。
明治時代になって日本語の漢字が中国に入ってきました
とTさんが教えてくれました、例えば科学、哲学、博士
は中国にはなかったと教えてくれました。
支援しているつもりでいたが実は逆に教えてもらってる
気がしてきました。
院生のTさんが彼女に一生懸命に説明していたので中
国語かと思ったら日本語だったので何だか嬉しくなってきま
した。Tさんや彼女が日本語を使いこなしているからです。
左隣の机では二人の学習者がN4を真剣に学んでいました。
支援者のNさんが真摯に向き合っていたからではと思います。
休憩時間を忘れるほど熱く取り組んでいました。
窓際には休まずに通って来ているMさんがいました。
支援者はSさんとTさん。休まずに通って来ているのでいるの
でMさんは蔵の街自主夜間中学のシンボル的な存在のような
気がします。
もう一人のシンボルはKさんと思います。彼も休まずに通
い続けているから。
帰り際に、「11月から毎週教室は休まずにやっています」
と声を掛けたら「ハイ、また、来ます」と返してくれました。
11月から休みなくやっているという意味を理解してくれたの
か分からなかったが笑みを浮かべてくれたので安堵しました。
最後のミーティングでKさんを支援した院生のRさんが、
「Kさんは来年はN5に挑戦すると言っていました」
と夢のある発言をしてくれました。
RさんがKさんの本気度を引き出してくれたように受け取
りました。
今回も前向きな学習者に助けられました。(国母仁)